荻窪(杉並)には戦前、戦後を通して多くの文化人が住んでいました。阿佐ヶ谷の文士村に影響された作家をはじめ絵画、能楽師や作曲家、作詞家などその存在は多岐にわたります。こうした、知識人の作った環境が天沼に住む人々の誇りでもあり郷土愛に通じるものです。
吉井淳二 (よしい じゅんじ)
◆明治37年 鹿児島県曽於郡末吉町に生まれる◆昭和 4年 東京美術大学洋画科卒業◆昭和15年 二科会会員就任◆昭和36年 二科会理事就任◆昭和40年 日本芸術院賞受賞◆昭和47年 南日本美術展審査委員長就任◆昭和51年 日本芸術院会員就任◆昭和52年 勲三等瑞宝章に叙される◆昭和54年 社団法人二科会理事長就任◆昭和60年 文化功労者として顕彰される◆平成元年 文化勲章受章◆平成15年 白寿を迎える◆平成16年 3月6日 満100歳を迎える◆11月23日 静かに眠るように逝去◆文化勲章受章者/文化功労者/日本芸術院会員/社団法人二科会名誉理事/サロン・ドートンヌ名誉会員/南日本美術展顧問