荻窪の著名人

荻窪(杉並)には戦前、戦後を通して多くの文化人が住んでいました。阿佐ヶ谷の文士村に影響された作家をはじめ絵画、能楽師や作曲家、作詞家などその存在は多岐にわたります。こうした、知識人の作った環境が天沼に住む人々の誇りでもあり郷土愛に通じるものです。

開高 健(かいこうたけし)

1930.12.30~1989.12.9◆1930年 大阪市に生まれる。◆1954年 寿屋(現・サントリー)に入社、宣伝部員になる。◆1956年 PR誌「洋酒天国」を創刊。編集発行人となり、第22号まで編集長をつとめた。◆1957年『パニック』を「新日本文学」に発表し、一躍新人作家として注目される。◆1958年『裸の王様』で第38回芥川賞を受賞。杉並区矢頭町40番地(現杉並区井草4-8-14)に転居。◆1964年 『ずばり東京(上・下)』を朝日新聞社より刊行。朝日新聞社臨時海外特派員としてベトナムへ出発。 ◆1965年 『南ヴェトナム報告』を「週刊朝日」に連載。3月『ベトナム戦記』を朝日新聞社より刊行。◆1968年『輝ける闇』を新潮社より刊行し、第22回毎日出版文化賞を受賞。◆1971年『フィッシュ・オン』を朝日新聞社より、1983年『オーパ、オーパ!!海よ、巨大な怪物よ』を集英社より刊行。◆1989年3月 食道狭窄で茅ヶ崎市内の病院に入院。10月『珠玉』第三部を脱稿、翌年文藝春秋より刊行。12月9日 【享年58歳】食道腫瘍に肺炎を併発し逝く。北鎌倉・円覚寺松嶺院に眠る。